東京地方裁判所 昭和46年(特わ)1780号 判決 1974年6月28日
(被告人)
本籍
東京都豊島区南池袋一丁目四五番地
住居
同区南池袋一丁目三番三号
職業
貴金属製造卸業
中村美俊
昭和四年三月一八日生
(出席検察官)
寺西輝泰
主文
1 被告人を懲役八月および罰金二、〇〇〇万円に処する。
2 右罰金を完納することができないときは、五万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
3 この裁判確定の日から二年間、右懲役刑の執行を猶予する。
4 訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となる事実)
被告人は、東京都豊島区南池袋一丁目三番三号において、中美貴金属製作所の名称で、貴金属の製造卸業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようとくわだて、仕入の一部を架空に計上し、あるいはたな卸商品の一部を除外するなどの方法によって所得を秘匿したうえ、
第一 昭和四三年分の実際課税所得金額が四七、三九八、〇〇〇円あったのにかかわらず、昭和四四年三月一一日東京都豊島区西池袋三丁目三三番二二号所在の所轄豊島税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額が四、四五五、〇〇〇円でこれに対する所得税額が一、三七四、〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって不正の行為により同年分の正規の所得税額二六、九九七、九〇〇円と右申告税額との差額二五、六二三、九〇〇円を免れ
第二 昭和四四年分の実際課税所得金額が七五、八三六、〇〇〇円あったのにかかわらず、昭和四五年三月一三日前記豊島税務署において、同税務署長に対し、課税所得金額が八、一八五、〇〇〇円でこれに対する所得税額が三、〇五一、〇〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額四七、二五一、五〇〇円と右申告税額との差額四四、二〇〇、五〇〇円を免れたものである。
(右各所得の内容および各税額の計算は別紙一ないし三のとおりである。)
(証拠の標目)(「甲」、「乙」は検察官の証拠請求の符号、「押」は当庁昭和四七年押三二二号のうち符号、数字は別紙一、二の各修正損益計算書の勘定科目の番号を示す。)
一 被告人の当公判廷における供述および検察官に対する供述調書(乙36)(全般)
一 被告人に対する大蔵事務官の次の質問てん末書
1 乙1415(全般)
2 乙16(一の4)
3 乙22(二の232)
4 乙28(一の27、二の38)
5 乙31(二の2)
6 乙33(二の8)
一 被告人作成の次の上申書
1 売上高および売掛金残高について(乙1)(一の127、二の138)
2 仕入高について(乙2)(一の27、二の38)
3 公表ウラ地金の数量および金額について(乙3)(一の3、二の4)
4 昭和四五年一二月末のたな卸額について(乙5)(一の27、二の38)
5 棚卸額について(乙6)(一の27、二の38)
6 経費について(乙9)(一の2789111821、二の38910111214161922)
7 生活費について(乙10)(一の891121、二の9101222)
8 福利厚生費について(乙11)(一の18、二の19)
9 地代家賃について(乙12)(一の21、二の22)
10 貸倒金について(乙13)(一の22、二の23)
11 昭和四五年分売上および製造原価について(乙40)(一の27、二の38)
一 証人阿部勝雄の当公判廷における供述(一の27、二の38)
一 次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書
1 巻柄義枝(甲一12)(全般)
2 同 (甲一3)(一の4、二の5)
3 中村秀市(甲一56)(全般)
4 同 (甲一9)(二の4)
5 同 (甲一10)(一の22)
6 小山内友子(甲一18)(一の3)
7 同 (甲一19)(一の3、二の4)
8 本谷定男(甲一23)(二の45)
9 大野忠三(甲一24)(一の4、二の5)
10 野崎順(甲一26)(一の4、二の5)
11 後藤栄(甲一28)(一の237、二の348)
12 木下豊美(甲一31)(一の22)
13 新関英二(甲一32)(一の22)
一 次の者作成の上申書、回答書等の書面
1 巻柄義枝(セントラルの委託売上について)(甲一4)(一の27、二の138)
2 杉村満男(中村美俊からの借入関係等について)(甲一12)(一の127、二の238)
3 鈴木省吾(中美貴金属製作との取引について)(甲一14)(一の4)
4 長谷部博(取引内容照会に対する回答)(甲一15)(一の3)
5 小原豊吉(中美貴金属製作所との金地金取引について)(甲一16)(一の3)
6 本谷定男(取引内容照会に対する回答)(甲一22)(二の45)
7 大野忠三(中美貴金属製作所の加工賃脱洩について(甲一25)(一の4、二の5)
8 野崎順(中美貴金属製作所からの加工料収入について)(甲一27)(一の4、二の5)
9 後藤栄(裏地金の仕入について)(甲一29)(一の3、二の4)
10 依田一雄(取引内容照会に対する回答)(甲一30)(二の5)
11 三栖米一(中村美俊氏にかかる債券について)(甲一の(三)の2)(二の9)
12 吉水清次(中村美俊氏に対する株式配当等について)(甲一の(三)の3)(二の9)
13 八木沢勝美(競争馬の収入経費および取得価額等について)(甲一の(三)の4)(二の33)
14 同 (競争馬の取扱について)(甲一の(三)の5)(二の33)
15 預金(または貸付金)等の取引について(甲一の(三)の11)(二の9)
一 大蔵事務官作成の次の書面
1 売上金額について(甲一33)(一の127、二の138)
2 外注工賃調査書(甲一36)(一の247、二の358)
3 昭和四五年分仕入等調査書(甲一37)(一の27、二の38)
4 減価償却費調査書(甲一38)(一の17、二の18)
5 新関英二に対する貸倒金等について(甲一39)(一の22)
6 ヨシユキ・カネダに対する貸倒金について(甲一40)(二の23)
7 貸倒金について(甲一41)(一の22、二の23)
8 輸入保証金について(甲一42)(二の27)
9 譲渡所得調査書(甲一43)(一の27、二の36)
10 雑所得調査書(甲一44)(二の3233)
11 証明書(甲一45)(一の25、二の282930)
12 仕入調査書(甲一の(三)の6)(一の237、二の348)
一 押収してある次の証拠物
1 総勘定元帳二綴(押12)(全般)
2 売上帳一綴(押5)(一の1)
3 同 二綴(押6)(一の27、二の138)
4 経費明細帳一綴(押13)(一の27、二の38)
5 同 一綴(押14)(一の278918、二の38)
6 経費明細帳一綴(押15)(一の271821、二の2358910111416192232)
7 同 一綴(押16)(一の27、二の38)
8 四四年分の所得税の確定申告書一袋(押24)(全般、特に一の247、二の134836)
9 四三年分の所得税の確定申告書一袋(押25)(全般、特に一の2372527、二の38)
10 青色申告者書類つづり一綴(押34)(全般、特に一の124791117212225、二の135810111214161819222328293033)
11 納品書控四七冊(押35ないし42)(一の27、二の38)
(弁護人の主張に対する判断)
第一弁護人の主張
一 本件たな卸高推計の非合理性について
検察官は、被告人方営業の昭和四一年度のたな卸回転率は二回であり、したがって同年度の売上の二分の一に相当する額が昭和四二年度期首たな卸高であると主張し、右推計算出した昭和四二年度期首たな卸および実地たな卸によつて確定している昭和四五年度期末たな卸高を基礎としてこの間(昭和四二年ないし同四五年)の通算差益率を算出し、これを各年度に適用して各年度の売上原価を算出したうえ、さらにこれを基礎として本件各年度の期首、期末たな卸高を推計算している。しかし、検察官主張の回転率はこれを証するに足りる証拠がないばかりか内容的にも推計基準となりえないものであり、かつ検察官主張の昭和四一年度の売上には多額の把握もれがあるので、右回転率および売上を基礎として推計した昭和四二年度期首たな卸は合理的に確定されたものとはいえず、したがつてこれを基礎として算出した本件各年度の期首、期末たな卸高も合理的に確定されたものということはできない。
右のとおり、昭和四二年度期首たな卸高についての検察官の推計は不合理なものであるから、同期首たな卸高は、被告人および中村秀市の当公判廷における供述にしたがつて、一億九、〇〇〇万円と推認するのが妥当である。
二 仕入について
検察官は、金地金の仕入中次のものを架空仕入であると主張しているが、右仕入はいずれも架空仕入ではなく実際に仕入があつたものであるから、各年度とも右各金額を仕入に加算すべきである。
(一) 昭和四三年分
1 一月一九日 二、五〇〇、〇〇〇円 松下商店
2 五月二日 二、五五〇、〇〇〇円 池田商店
3 七月一三日 二、三九〇、五〇〇円 日本貴金属文化工芸組合
(二) 昭和四四年分
1 八月三〇日 二、〇四九、〇〇〇円 日本貴金属文化工芸組合
2一二月一五日 二、〇四〇、〇〇〇円 橋本商店
三 売上について
被告人の義弟後藤栄が昭和四一年から同四四年まで各年四〇〇万円位づつ簿外売上金を着服していたので、本件各年度の売上に各四〇〇万円づつを加算すべきである。ただし、被告人は、右簿外売上の存在については全く知らなかつたものであるから、本件ほ脱所得金額からはこれを除くべきである。
四 不良在庫について
被告人方営業において、昭和四三年度四、九〇二、八一二円、同四四年度五、三五一、四三四円の不良在庫が発生したので、本件各年度とも右金額を不良在庫の評価損として認容すべきである。
第二当裁判所の判断
一 本件たな卸高の推計について
本件においては、昭和四二年度ないし同四五年度の売上高、仕入高(材料仕入、外注工賃、工場経費、製造工賃)および同四五年度期末たな卸高は証拠によつて直接確定することができる。したがつて昭和四二年度期首たな卸高が確定できれば、同四二年度ないし同四五年度の通算差益率(算式<1>のとおり)を算出することができ、さらにこれを基礎として売上原価(算式<2>のとおり)および各期首、期末のたな卸高(算式<3>のとおり)を順次算出することができる。
<1> <省略>
<2> <省略>
<3> 期首たな卸高+仕入高-売上原価=期末たな卸高
よつて昭和四二年度期首たな卸高の推計が合理的なものであれば、本件期首、期末たな卸高の推計も合理的なものということができる。
そこで、検察官の昭和四二年度期首たな卸高の推計の合理性を検討する。
(一) 昭和四一年度のたな卸回転率について
被告人は、たな卸回転率につき、査察官に対し、「製造、卸しを始めてからの各年分の在庫回転率は二回転ぐらいと思う」旨述べ(乙28)、右回転率の意味につき、当公判廷において、「品物を仕入れ、それが製品になつて売上ができ、代金が回収されるまで最低半年くらいかかるという意味である」旨説明し、さらに期中の仕入につき、「プラチナは自由に買えるので最少限度のものを確保しその都度仕入れており、金地金については昭和四一、二年ころは入手困難で期中に不足になつたことはあるが、その場合でも最低一〇キログラムは確保していた」旨、また製品につき、「大量注文があつても困らないようにかなりの数量を確保していた」旨それぞれ供述している。被告人の右供述を総合すると被告人方営業においては、期中において常に売上に見合つた仕入を行つていたこと、したがつて年間売上のほぼ二分の一に相当する在庫が恒常的に存在していたものと認められるので、昭和四一年度末においても、同年度の売上のほぼ二分の一に相当する在庫が存在したであろうと想定することができる。もつとも、売上の発生時期と仕入時期とのずれなどにより、期末という一時点における在庫量が当期売上の二分の一という金額に完全に一致するとはいえないけれども、前記のとおり、被告人方営業においては常に売上に応じて仕入をしていたのであるから、期末の在庫量が当期売上の二分の一に近似した金額であつたと推認することは可能である。そして、本件においては、他に昭和四二年度期首たな卸高を確定すべき適当な方法がないのであるから、検察官主張のとおり、昭和四二年度期首たな卸高は同四一年度売上高の二分の一に相当する金額であつたと認定することも、なお合理性を有するものと認めるべきである。
(二) 昭和四一年度の売上高について
検察官は、当初その冒頭陳述要旨において、納品書控(押35ないし42)の集計額二六九、一三五、七五五円を昭和四一年度の売上高としていたが、右売上高には把握もれがあるとの弁護人の指摘に基いて再調査した結果、納品書控(押39)のうち請求複写簿(以下、請求書という。)分について集計もれがあつたので、冒頭陳述要旨補正書において右集計もれ分三〇、一五〇、九七〇円を前記金額に加算し、昭和四一年度売上高を二九九、二八六、七二五円と訂正したことが明らかである。ところで、押39のうちの右請求書および被告人の当公判廷における供述(第一四回)速記録添付の被告人作成の昭和四一年売上高調査表(以下、売上高調査表という。)によると、請求書については上半期(一月ないし六月)のものは全くなく、下半期(七月ないし一二月)については八月ないし一一月のものはあるが七月と一二月のものは存在しないこと、納品書控(押35ないし42)の集計による昭和四一年一二月の売上高が一、一〇〇万円余りであるのに、右売上高をはるかに上まわる二、〇〇〇万円余りが昭和四二年度へ繰越計上されていること、請求書にはあるがそれに見合う納品書のないものが三〇、一五〇、九七〇円(検察官が冒頭陳述要旨補正書において加算した分)に達すること、昭和四二年ないし同四五年の売上高をみると、一般に下半期の売上高は上半期のそれとほぼ同じかこれをやや上まわつているのに、検察官主張の昭和四一年度売上高を上半期と下半期に区分すると、右一般的傾向に反して上半期の売上高が下半期のそれを大巾に上まわつていることが認められる。右事実によると、検察官主張の昭和四一年度売上高には、特に下半期においてなお相当の把握もれがあるものと認められる。そこで、昭和四一年の売上がいくらであつたかを検討すると、前記のとおり、検察官主張の同年度売上高には特に下半期のそれに把握もれがあると認められること、昭和四二年から同四五年までの売上高を上半期、下半期に区分すると、下半期の売上高は上半期のそれとほぼ同じかこれをやや上まつていることが認められるのであるから、昭和四一年度の売上高も、上半期、下半期ほぼ同額の売上があつたものと推認するのが相当である。そうすると、昭和四一年度上半期の売上高は一七〇、三七六、三六五円(納品書控(押35ないし42)および売上高調査表)であつたのであるから、同年度下半期においても右とほぼ同額の売上があつたものと認めるのが相当である。
(三) 昭和四二年度期首たな卸高について
以上(一)(二)に述べたところによると、昭和四二年度期首たな卸高は昭和四一年度売上高(一七〇、三七六、三六五円×2)のほぼ二分の一に相当する一億七、〇〇〇万円であつたものと認めるのが相当である。よつて昭和四二年度の期首たな卸高を一億七、〇〇〇万円として検察官の主張を修正する(その内容は別紙四のとおりである)。
(四) なお、弁護人は、昭和四二年度期首たな卸高は一億九、〇〇〇万円であつたと主張するが、右主張にそう証拠は被告人の単なる記憶に基く係述のみであつて、他に確たる資料はなく、しかもこの点の被告人の供述は捜査段階と公判段階とでくい違つているなどの事情が認められるので、弁護人の右主張は採用することができない。
また、弁護人は、検察官が昭和四二年度期首たな卸高の推計に当つてはたな卸回転率を推計基準として採用しながら、それ以後の年度のたな卸高の推計に当つては右回転率を排し通算差益率を推計基準として採用している点をとらえ、会計の一貫性を欠くものであると論難している。なるほど、昭和四二年度期首たな卸高も通算差益率を適用して算出すれば、前記回転率を適用して算出するよりもより正確な数値がえられはする。しかし、本件においては通算差益率を直接認定する証拠がないのであるから、まず前記回転率を採用し、これを適用して昭和四二年度期首たな卸高を確定したうえ通算差益率を求め、以後これを適用して各期のたな卸高を算出することも、なお推計方法として合理性を失わないものというべきである。
二 仕入および売上について
(一) 松下商店、池田商店、橋本商店からの仕入について
松下商店(昭和四三年一月一九日、二五〇万円)、池田商店(同年五月二日、二五五万円)、橋本商店(昭和四四年一二月一五日、二〇四万円)からの三口の仕入については後藤栄が計上した加空仕入として否認されているところ、弁護人はいずれも実際の仕入があつたものと主帳している。後藤栄は、当初査察官に対し同人が秘匿していた仮名預金等は製品の簿外売上金を着服して作つたものであると供述していたが、その後昭和四六年四月二八日付質問てん末書(甲一28)および上申書(甲一29)において、前記三口の仕入はいずれも同人が計上した架空仕入であり、仮名預金等は右架空仕入によつて捻出した金で設定したものである旨供述を訂正した。ところが、同人は当公判廷において再び供述を変更し、右仮名預金等は簿外売上金を着服して作つたもので、架空仕入によつて捻出した金で作つたものではないと供述するにいたつた。
そこで後藤の右各供述のうちいずれを信用すべきかを検討する。
後藤栄作成の上申書(甲一29)、大蔵事務官作成の仕入調査書(甲一の(三)の6)、被告人作成の上申書(乙3)によると、仕入先とされている前記三商店はいずれも仮名商店で実在していないこと、右仕入の日および金額に見合つた後藤の仮名預金が存在すること、後藤は当公判廷において、簿外売上の事実を供述しながら、その売上先についてはかたくなに供述を拒否してこれを明らかにしないこと、被告人方営業においては昭和四三年度、同四四年度において多額の架空仕入があつたことを被告人自身認めていること(昭和四六年三月一〇日付上申書-乙6)(弁護人および被告人は、右上申書の記載は正しいものであると主張しているところ、右上申書の記載によると、昭和四三年度の実際仕入が二四九、七〇三、四五三円、同四四年度の実際仕入が二九三、九八八、九九三円であつたというのである。しかるに青色申告者書類つづり(押34)によると、申告にかかる仕入は昭和四三年度が二九七、二八八、七九八円、同四四年度が四四四、九八五、一一四円であるから、被告人自身、昭和四三年度においては四七、五八五、三四五円、同四四年度においては一五〇、九九六、一二一円の架空仕入があつたことを自認したことになる。)等の事実が認められるので、これらの事実を総合して考えると、前記三口の仕入は、いずれも後藤が計上した架空仕入であり、後藤が秘匿していた仮名預金はいずれも架空仕入によつて捻出した金で作られたものと認めるのが相当である。
そして、右事実によれば、昭和四三年度、同四四年度において各四〇〇万円の簿外売上金があつたとする弁護人の主張も結局理由がないことに帰する。
(二) 日本貴金属文化工芸組合からの仕入について
日本貴金属文化工芸組合(昭和四三年七月一三日、二、三九〇、五〇〇円および同四四年八月三〇日、二、〇四九、〇〇〇円)の二口の仕入については被告人が計上した架空仕入として否認されているところ、弁護人はいずれも実際仕入があつたものと主張している。
しかし、小山内友子に対する大蔵事務官の質問てん末書(甲一1819)によると、右二口の仕入の証憑として使用されている二枚の領収証のうち、昭和四三年七月一三日付の領収証は組合副理事長であつた被告人の実父中村秀市が組合書記長重岡元次郎からの再発行の申出があつて発行したもの、昭和四四年八月三〇日付の領収証は右秀市からの再発行の申出に基づいて発行したもので、組合の売上帳には右各領収証に見合う売上の記載がないこと、右秀市は組合職員である小山内友子に対し、組合との取引明細書を渡して組合の売上帳の書替を依頼したことがあつたこと、右秀市は、本件査察の着手日当時、多額の現金、預金を保有していたこと等の事実が認められるので、右事実を総合すると、前記日本貴金属文化工芸組合からの二口の仕入は、右秀市が組合の領収証を利用して行つた架空仕入であると認めるのが相当である。
よつて、弁護人の仕入および売上についての主張はいずれも採用することができない。
三 不良在庫の評価損について
被告人の当公判廷における供述、被告人作成の上申書(乙639)、納品書二綴(押57の12)によると、被告人方営業においては、開業以来昭和四五年末まで実地たな卸も帳簿上のたな卸も行つたことがなく、したがつて、この間の不良在庫の数量、価額、その発生時期等一切不明であつだところ、昭和四五年末に行つた実地たな卸によつて、同年末現在において数年間の累積による不良在庫が約三、〇〇〇万円存在することが判明したこと、そこで被告人は、昭和四六年七月、右不良在庫を株式会社ナカミ(被告人経営の中美貴金属製作所の販売会社として昭和四六年七月被告人が設立したもの)に昭和四五年末たな卸の評価額の五〇パーセントの価格で販売し、同会社はそのころ、右不良在庫を有限会社依田研磨、株式会社セントラル等にほぼ同価格で転売したことが認められる。右事実によれば、数年来の累積による不良在庫が約三、〇〇〇万円存在することが判明したのは、昭和四五年末の実地たな卸の際であつたこと、現実に評価損の発生したのは昭和四六年七月以降どあることが明らかである。
よつて、弁護人が主張する本件各年度分についての不良在庫による評価損は容認することができない。
(法令の適用)
各事実につき所得税法二三八条(いずれも懲役刑と罰金刑を併科)。刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(第二の罪の刑に加重)、四八条二項。同法一八条(主文2)。同法二五条一項(主文3)。刑事訴訟法一八一条一項(主文4)。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 松本昭徳)
別紙一 修正損益計算書
中村美俊
自 昭和43年1月1日
至 昭和43年12月31日
<省略>
<省略>
別紙二 修正損益計算書
中村美俊
自 昭和44年1月1日
至 昭和44年12月31日
<省略>
<省略>
<省略>
別紙三 税額計算書
<省略>
注1 47,398,000円×70%-6,180,700円=26,997,900円
注2 75,836,000円×75%-9,481,500円=47,395,500円
別紙四 たな卸高計算書
<省略>